2015.07.21
インタビュー日:2015年05月11日
【インタビュー】
*梅田恵さん(人事部)
梅田さん:100年前の設立当初、知名度も低かったので、当時仕事につくのが困難だった女性や障害者、黒人の人たちを積極的に雇って、その人たちに能力を発揮してもらうためにダイバーシティの考え方が必要でした。
本社(米国ニューヨーク州)では、黒人や女性の権利について、1970年代の公民権運動の前から取り組み、第一次世界大戦の傷病兵を積極的に雇ったりと、差別をうけやすい人種や障害についてずっと取り組んでいて、Equal Opportunity(機会均等)を企業理念として持っているんですね。
しかし、会社が大きくなるに従い、同質の考え方の人を多く雇うようになりました。会社の得意なビジネスが成長している時はむしろ同質の考え方の人が多い組織のほうが機動力があっていいんですが、だんだんIT業界も高度化複雑化していき、IBMのビジネスが世界規模に広がっていくに従って、それが会社の成長の阻害要因になってきました。
1990年前半にIBMは経営危機に陥り、社外からルイス・ガースナーが経営者として参画し、彼はIBMの復活の鍵はダイバーシティだと宣言しました。
色んなバックグラウンドを持っている人が能力を発揮しやすい環境を整えることによって、イノベーションを起こすのがダイバーシティの考え方です。
例えば、国籍や性別の異なるメンバーのグループと、白人の男性のグループの2つに分け、同じ課題解決の問題に取り組んだときに、白人の男性のグループの方が早く解決策が出るんですよ。一方で、多国籍で性別も違うグループっていうのは、意見がまとまるまでに時間がとてもかかるのですが、ユニークな解決策がたくさん生まれます。
変化が激しく、数ヶ月先のビジネスも読めなくなってきている今日では、どっちのグループが成功するかというと明らかに、多様性に富んだグループですよね。
だから、女性活用といったって、女性を今までの男性と同じように扱うことは結局ダイバーシティではないんです。
本当のダイバーシティは、違いを競争力として活かそうと考えることなのです。
梅田さん:IBMでのLGBTの本格的な取り組みは、1980年代に米国本社でLGBTのコミュニティができたことに始まり、Equal Opportunityに関する会社の方針を明記するIBMのcommitment letterにもLGBTが追加されました。
また、1995年に米国本社でダイバーシティの8つの委員会が発足し、それぞれの委員会はビジネスに責任をもち、その委員会を象徴する役員をリーダーに据えました。
LGBTもその一つの委員会として発足し、ゲイであることをカミングアウトしていた役員がリーダーとなりました。
各国のIBM社内でカミングアウトしやすい雰囲気をつくるために社内データーベースに情報を掲載し、カミングアウトをしていない社員も情報を閲覧できるようにした他、年に4回程度グローバルでの電話会議を開き、多くの社員が匿名で参加できるようにするなど、社員を応援する活動をずっとしてきました。
梅田さん:1990年代にはまだ国内ではカミングアウトしている人はいませんでしたが、グローバルでの電話会議に日本からログインしている人がいたこともあり、日本でもLGBTコミュニティを立ち上げる準備を人事担当者が開始し、LGBTのイベントなどに参加しました。
2003年にイベントでKさんに出会い、日本IBMのLGBTのコミュニティのリーダーになってもらいました。
その後、5人ほどメンバーが増え、現在は副社長をされている下野さんにアライとしてエグゼクティブ・スポンサーになっていただきました。
当時はメンバーの希望もあり、社内にもネットワークの存在を公表せず、四半期に一度事業時間外に集まり、ネットワーキングや職場での課題について話し合っていました。
しかし、その後、日本IBMのダイバーシティ活動もさらに活発になり、2008年に5つ(女性、障害者、LGBT、外国籍、ワークライフ)のダイバーシティ委員会の組織再編成しすることになり、LGBTについてもネットワークがあることを社内外に発表したところ、コミュニティも5人から10人くらいに増えました。
それ以前からIBMでは6月にLGBTのPride Monthを実施し、社内にポスター掲示などをしていたのですが、2008年からは下野さんに活動内容の紹介や社員に理解を求めるメッセージをだしてもらい、イントラネットに掲載しました。
また、『カミングアウト・レターズ』という本をプレゼントするキャンペーンを実施しました。ちょうど性同一性障害について取り上げたTVドラマがヒットしていた時期と重なっていたこともあり、とても反響がありました。
それまではグローバルのポスターを掲示していたのですが、日本IBMのLGBTコミュニティで独自のポスターをつくったり、会社の食堂のポップに出したり、メッセージを掲示したりしました。
私自身は2008年にダイバーシティー担当者になったのですが、すぐにはLGBTコミュニティのメンバー全員と会えませんでした。
人事の前に広報に長年所属していたこともあり、私に知られることでいろんな人に知られてしまうのでは、という不安がメンバーの中にあったようです。実際に私の広報時代に一緒に仕事をしていたメンバーもいました。
しかし、1年くらいたってからその彼がお昼ご飯に誘ってくれて、カミングアウトをしてくれたことがきっかけに、LGBTネットワークのメンバー全員の飲み会にも招待してもらえるようになりました。
下野さんがずっと変わらずリーダーを担当してくださっているのもやはりLGBTメンバーみんなの気持ちに配慮しているからであり、リーダーや人事担当者が変わるとそれだけ知られるリスクも高くなるからですね。
2008年以降に入社した若いLGBT社員に「入社するまでは、IBMってLGBTについて結構やっていると思っていたけど、6月にちょっとやるだけでがっかりした」と言われ、「これじゃいけない」と、外部のLGBTのイベントに企業としてブース出展をはじめました。新聞記事などに載ったほうが、社内に伝わることも多いんです。
また、LGBTのNPOと連携し社内で研修を実施すると、評価が高く、参加者も増えていきました。
やっぱり当事者の声を届けるのが一番インパクトがあると思います。
特にLGBTは日本では芸能人のイメージが強く、「芸能人みたいな社員はうちの会社にはいない、だからLGBTはうちの会社にはいない」と考えてしまうようです。
LGBTといっても特別な行動をする人ではなく、普通に暮らしている人ばかりですから、そういうLGBTの姿をみせて、話してもらうのがいいと思いますね。
現在ではネットワークには、21名(2015年7月現在)のLGBT当事者が参加しています。
アライを含むともっと多くの人が参加していて、Work With Prideなど、社内外のLGBTイベントを一緒に手伝ってくれたりしています。
梅田さん:2011年から事実婚、つまり同性カップルにも結婚お祝い金を支給できるようにしました。
IBMは障害者も国籍も、自己申告なので、障害者手帳とかは普通の会社だと登録しなきゃいけないと思うんですが、IBMでは本人が望まなければ登録しなくていいんです。なので、同性パートナーへの結婚お祝い金の支給も自己申告で、パートナーとの二人の署名があればできます。
IBMの人事制度は、障害者とかLGBTとか女性など専用のものではなく、できるだけ多くの人が使えるユニバーサルデザインなものを優先します。
今回の結婚お祝い金も、LGBTのために何かできないかとスタッフと検討した際に、結婚お祝い金という方法を見つけたのですが、最近は男女も事実婚という形をとっている人も増えてきているので、入籍していない男女のカップルも、LGBTのカップルも利用できる制度に変更しました。
梅田さん:IBMは、職場におけるLGBTに関する理解を広げる活動を行う任意団体、Work With Pride を2012年にNPO法人Good Aging Yellsと国際的NGO Human Rights Watch Japanと一緒に立ち上げました。
2012年より、企業人事・CSR担当者等に向けたイベントを開催してきました。
イベントを開催すると、経営者や人事が「うちにはLGBTなんていない」と言い切っている会社のLGBT当事者社員の方も多く参加してくれています。
その方々が、〝自分の会社が参加はできなくても協力している〟と知ったら嬉しいんじゃないかなと思い、色んな会社に場所を貸してもらうという方式で、現在まで年1回ずつ、日本IBM、SONY、パナソニックで計3回で実施しています。
梅田さん: LGBTであってもなくても、働く中で3年目5年目といった節目の年にこのままでいいのかと悩むことも多いと思うんだけど、経験がない時ほど悩むのが当たり前なんだから、それをセクシュアリティのせいにしないでほしい。
それから、目の前にきた仕事はどんな仕事でも楽しむようになってほしい。
若い時できることにも限りがあるから、「こんなつまらない仕事をするために会社入ったわけじゃない」と思うことが多いけれど、それを乗り越えたら見えるものもあるから。
また、最近はインターネットで簡単に情報が手に入るから、あえて会社訪問をして社員から話を聞く機会も減っているのではないかと思います。昔はそういう手段なかったからその会社の人に会いに行って、リアルな話をきいていたけど、今ではインターネットに書いてあることそのまま言っている就活生が多すぎると感じます。
もっと、自分にしかない経験など、オリジナルの話をしてほしいなと思います。
LGBTに関する施策を会社として検討する際に難しいのは、LGBTの人たちが「知られたくない」と言っている限りは課題を可視化できないことにあります。
そのため、「うちの会社にLGBTはいない」と断言する人事担当者や経営者もいます。
でも当事者も経営側も想像力を働かせることが必要で、経営や人事は(LGBTが)いるはずだと想像力を働かせるべきですし、LGBTの人も自分のためだけじゃないんだ、と勇気を出して当事者の可視化を支援すれば、人事策が進んでいくと思います。
しかし、まだまだ企業によっては100%理解があるわけじゃないので、処世術として最初は言わない、という選択肢もあります。
数年前に、IBMのマネージャーから「男性社員が女性の格好をして出社してきた。担当のお客様にどう説明しようかと思っています」という連絡をもらったことがあります。
私は「その社員が優秀な社員なのであれば、そのまま勤務させることをお客様に相談して、それでも理解が得られなかったら配置換え等の対応を考えるとして、まずは話をしてみてください」と伝えました。
担当のお客様(金融業界)に話したところ、「女性だろうが男性だろうが、その担当者のスキルがないとうちの銀行は困るので」と理解が得られた事例もあります。